逍遥の詩・秋冬

本栖湖の逆さ富士
本栖湖の逆さ富士

◇曉起知春近

◇雪後偶拈

◇御嶽山有感

◇天竜川舟行

◇日暮歩中之島

◇木谷沢渓流

◇秋夜火星近

◇早春逍遥

◇恵那峡

◇竹生島

◇湖北晩景

◇歳旦看白鷺

◇葛城古道

◇春雨

◇芥川清流



曉起知春近ー曉起春の近きを知るー

早曉渓頭梅蕾膨 早曉(そうぎょう)渓頭(けいとう)(ばい)(らい)(ふく)らみ

山光映水草初萌 山光(さんこう) (みず)(えい)じて (くさ)(はじ)めて()

忽聞鶯語東風外 (たちま)()鴬語(おうご) 東風(とうふう)(がい)

煙散乾坤春意盈 (けむり)(さん)じて 乾坤(けんこん)(しゅん)()()

(註) 乾坤=天と地

            平成三一年一月  光琇


いつもの川べりの散歩道は、風がなくて日差しが暖かく感じます。早起きは三文の得。空気も景色も新鮮で、鳥たちが飛び回っています。気が付くとすでに梅の蕾がふくらんでおり、春の気配を感じさせてくれます。水も少しは温んでいるのでしょうか。

 梅の次は桜、その後、次から次へと主役が入れ替わり、私たちの目を楽しませてくれます。四季のある国日本、この国の素晴らしい自然を損なうことなく次の世代に残していきたいですね。


雪後偶拈

寒風北國客中天 寒風(かんぷう)北国(ほっこく) 客中(かくちゅう)(てん)

新雪皚皚靜渺然 新雪(しんせつ)(がい)(しず)かにして(びょう)(ぜん)たり

玉樹模糊人語絶 玉樹(ぎょくじゅ)模糊(もこ)として 人語(じんご)()

残燈耿耿竹窗前 残灯(ざんとう)(こう)(ちく)(そう)(まえ)

(註一) 暟暟=明るく白いさま

(註二) 渺然=はてしないさま

(註三) 耿耿=小さくぽっと明るいさま

平成三十年十二月  光琇

 赤倉で宿泊したホテルの前はスキーのゲレンデでした。夜、ふと窓から外を眺めると、クローズした後のゲレンデの光景があまりに幻想的だったので、思わずシャッターを切りました。昼間はおそらくスキー客で賑わっていたのでしょうが、夜は全く人気がなく、ただわずかな照明が雪景色を浮かび上がらせていました。

 若い時に赤倉でスキーをしたことがありますが、70歳を過ぎた今は、さすがにそんな気にはなりません。ご馳走を食べてゆっくり温泉というのが最高です。



御嶽山有感

11月の下旬に信州のツアーに参加し、木曽町にあるホテルに一泊しまし、朝起きてみると、白雪を帯びた御嶽山が眼前で朝日に映えていました。昨夜の雨が冷えて初雪になったようです。台形をしているので、当初の詩では「霊峰」となっているところを「連峰」としていました。ところが、詩の仲間に山好きがいて、御嶽山は独立峰であると指摘されました。調べてみると指摘は正しかったので修正しました。

御嶽山は長野県と岐阜県にまたがる標高3,067mの火山です。2014年の突然の噴火と火砕流により多くの犠牲者が出ました。現在は地震活動が低下の傾向にあるものの、火口から概ね1km内は立ち入り禁止となっています。

木曽江畔立清晨 木曽(きそ)(こう)(はん) 清晨(せいしん)()

仰看霊峰白雪新 (あお)()霊峰(れいほう) 白雪(はくせつ)(あら)たなり

忽憶降灰噴石事 (たちま)(おぼ)降灰(こうかい) 噴石(ふんせき)(こと)

無情惨禍獨傷神 無情(むじょう)惨禍(さんか)(ひと)傷神(しょうしん)

(註) 傷神=心を痛める

          平成三十年十一月  光琇



天竜川舟行

天龍江上似仙郷 天竜(てんりゅう)江上(こうじょう) 仙郷(せんきょう)()たり

兩岸紅楓野趣長 両岸(りょうがん)(こう)(ふう) 野趣(やしゅ)(なが)

連鴨從容游碧水 (れん)(おう) 従容(しょうよう) (へき)(すい)(あそ)

亂飛鳥影映陽光 乱飛(らんぴ)(ちょう)(えい) 陽光(ようこう)(えい)

(註) 従容=ゆったりと落ち着いてくつろぐさま

             平成三十年十一月  光琇


 天竜川は川長213km、日本第9位の河川です。長野県の諏訪湖を源に静岡県の遠州灘に注いでいます。天竜舟下りは、天竜川の弁天港から時又港までの区間6kmを約35分かけて、十数人乗りの小さな舟で下ります。船頭さんの竿さばきは見事なものです。水しぶきのかかるところもあるので、そこでは備え付けの水除けをかぶります。

 11月の舟下りだったので、紅葉がピークの時期でした。水が青々としていて、そこで水鳥が舟と並走し、空では大鳥が輪を描いていました。マイナスイオンいっぱいの舟下りでした。


日暮歩中之島ー日暮中之島を歩すー

 友人たちと大阪都心の中之島に夕景の撮影に出かけました。以前は川を背にした街づくりがなされていましたが、今は川を楽しめる街になっています。下水道の普及で川がきれいになったからそのようなことが可能になったのでしょう。植樹や花壇もきれいですが、橋のイルミネーションも華やかです。

 夕刻には、帰社する人たち、帰宅を急ぐ人たち、一杯飲みに行く人たちが慌ただしく行き交います。私もつい最近までこんな人たちと同様でしたが、退職してからはのんびりと自分の時間を楽しめるようになりました。たまに都心に来ると忙しかった以前の自分を思い出して苦笑いしてしまいます。

都心夕日映高樓 都心(としん)夕日(せきじつ) 高楼(こうろう)(えい)

帰路行人急不留 帰路(きろ)行人(こうじん) (いそ)ぎて(とど)まらず

曾極繁忙今自適 (かつ)繁忙(はんぼう)(きわ)むるも (いま)自適(じてき)

携朋緩歩共清遊 (とも)(たずさ)(かん)() (とも)清遊(せいゆう)

(註) 自適=自分の思うがままの生活を楽しむ

          平成三十年十月  光琇



木谷沢溪流

山奥溪流野鳥聲 山奥(さんおう)渓流(けいりゅう) 野鳥(やちょう)(こえ)

岩苔青處水盈盈 (がん)(たい)(あお)(ところ) (みず)(えい)(えい)たり

林間神氣多幽感 林間(りんかん)神気(しんき) 幽感(ゆうかん)(おお)

石径雖危歩歩輕 石径(せっけい)(けわ)しけれど ()(かる)

(註) 盈盈=水がいっぱいに満ちるさま

              平成三十年十月  光琇

木谷沢渓流は、鳥取県の大山のふもと江府町にあります。森の奥にある渓流では、ブナ林の間を透き通った水がしずかに流れています。渓流の岩肌は苔むして、苔の緑と水の青色が美しく調和して独特の景観を形成しています。また、小鳥たちや小動物の住みかになっています。

渓流を撮影しているときに突然大粒の雨に見舞われ、カメラが濡れてスイッチが入らなくなりました。木谷沢渓流はツアー最初の訪問地だったので、その後の撮影ができなくなり翌々日も撮影ツアーの予定があったので焦りました。幸い帰りのバスの中でカメラは復活しましたが、防水機能のないカメラは水に弱いことがわかりました。



秋夜火星近

2018731日に、火星と地球が大接近しました。この時の火星・地球間の距離は5759kmです。731日に限らず、6月下旬から9月上旬にかけて南の空にひときわ大きく輝く赤い星を観測することができます。

 火星は地球のすぐ外側を公転しています。外側を公転している惑星ほど公転周期が長く、地球の周期が365日なのに対し火星のそれは687日で、約780日ごとに接近します。火星は楕円軌道を描いて公転しているため接近距離は毎回異なり、今回は6000kmを下回る大接近となりました。

新秋山麓坐三更 新秋(しんしゅう)山麓(さんろく) (さん)(こう)()せば

渺渺碧空神気清 渺渺(びょうびょう)たる碧空(へきくう) 神気(しんき)(きよ)

一点火星千里外 一点(いってん)火星(かせい) 千里(せんり)(そと)

思回宇宙動詩情 (おも)いは宇宙(うちゅう)(めぐ)詩情(しじょう)(うご)かす

(註一) 三更=真夜中

(註二) 渺渺=はてしなく広がるさま

             平成三十年九月  光琇



早春逍遥

軽寒汀渚淡霜晨 軽寒(けいかん)(てい)(しょ) (たん)(そう)(あした)

白鷺翩翩画景 白鷺(はくろ)翩翩(へんぺん) 画景(がけい)(あら)たなり

芳草幽香流水岸 (ほう)(そう)(ゆう)(こう) 流水(りゅうすい)(きし)

早梅雖未一枝春 早梅(そうばい)(いまだ)しと(いえど)一枝(いっし)(はる)

(註) 翩翩=ひらひらとひるがえるさま

                 平成三十年二月  光琇


今年の冬は寒い日が続きましたが、3月には三寒四温となり、暖かい日には家の近くの川辺で散策する人が多くなりました。梅の開花は例年より遅れましたが、鳥たちは春の気配を感じているのでしょうか、あちらこちらで囀る声が高まっています。

梅の次は桜です。3月中旬に急に暖かくなったためか、桜の開花は例年より早いようです。春から夏にかけて次々と花たちが景色を彩ります。そして、秋には紅葉、冬には雪景色が我々の目を楽しませてくれます。これらの景色の移り変わりを見るたびに、「四季に恵まれた日本に生まれてよかった」という思いがあふれてきます。


恵那峡舟行

 木曽川の水は、福沢桃介の手で長さ276m・高さ53mという堰堤でせき止められ、1924年に我が国初のダム式水力発電所が建設されました。そのダム湖が恵那峡で、天下の名勝として地理学者志賀重昂氏により名付けられました。恵那峡は、自然と人工の美しさが巧みに調和した峡谷で、春は桜やつつじが咲き誇り、初夏は緑鮮やかな新緑、秋は紅葉が楽しめます。

 恵那峡を訪問したのは11月の半ばで、遊覧船で周遊しました。両岸の景色は変化に富み、特に変わった形をした岩が目を引きました。それらは、品の字岩、屏風岩、獅子岩、傘岩などと名付けられています。

小艇悠然湖上行 小艇(しょうてい)悠然(ゆうぜん) 湖上(こじょう)(こう)

風飛光玉櫓声輕 (かぜ)(こう)(ぎょく)()ばし ()(せい)(かろ)

聳天怪石煙波裏 (てん)(そび)怪石(かいせき) 煙波(えんぱ)(うち)

兩岸紅楓倒影清 両岸(りょうがん)(こう)(ふう) (かげ)(さかしま)にして(きよ) 

             平成二十九年十一月  光琇



竹生島

竹生島(ちくぶじま)は、滋賀県長浜市に属し琵琶湖の北部に浮かぶ0.14㎢の小島で、琵琶湖国定公園特別保護地区、国の名勝及び史跡に指定されています。島全体が花崗岩の一枚岩からなり、切り立った岸壁で囲まれた島内は針葉樹で覆われています。南部に都久夫須麻神社と西国三十三所三十番札所の宝厳寺があり、神仏一体の島になっています。

琵琶湖周航歌の4番で、「瑠璃の花園珊瑚の宮、古い伝えの竹生島、仏の御手に抱かれて、眠れ乙女子やすらけく」と歌われており、竹生島にはその歌碑があります。

湖北秋天蘆岸涯 湖北(こほく)秋天(しゅうてん) ()(がん)(ほとり)

煙波揺漾碧漣宜 煙波(えんぱ)揺漾(ようよう) (へき)(れん)(よろ)

遥望笙嶼孤而儼 (はる)かに(のぞ)笙嶼(しょうしょ) ()にして(げん)たり

神仏相和又一奇 神仏(しんぶつ)相和(あいわ) (また)(いっ)()

(註一) 揺漾=ゆらゆらと漂うさま 

(註二) 碧蓮=青いさざなみ

(註三) 笙嶼=竹生島をさす

平成二十九年九月  光琇



湖北晩景

竹生島影暮煙巡 竹生(ちくぶ)島影(とうえい) ()(えん)(めぐ)

鴻鵠群来鳴浪頻 鴻鵠(こうこく)()(きた)りて (なみ)()くこと(しきり)なり

落暉赫灼映雲水 落暉(らっき)赫灼(かくしゃく) 雲水(うんすい)(えい)

曲岸清幽湖北春 (きょく)(がん)(せい)(ゆう) 湖北(こほく)(はる)

(註一) 鴻鵠=大きな鳥、ここではコハクチョウ

(註二) 落暉=沈む太陽の光

(註三) 赫灼=あかあかと光り輝くさま

               平成二十九年三月  光琇

湖北町は、名前からわかるように琵琶湖北部の町で湖に面しており、2010年に長浜市に編入されました。湖岸の水鳥公園から神の棲む竹生島を望むことができます。夕刻に湖北町に到着するようにツアーがスケジュールされていたので、竹生島を含めて美しい夕焼けを撮影することができました。2月末の湖北の夕刻はまだ肌寒く、シャッターを切る指が凍えてしまいました。

湖岸には、一年を通して多くの野鳥が訪れます。コハクチョウが北帰行の準備をしていたのでしょうか、群れを成していました。今度来るときにはどんな野鳥が訪れているでしょうか。



歳旦看白鷺ー歳旦に白鷺を看るー

早暁逍遥河岸辺 早暁(そうぎょう)逍遥(しょうよう)河岸(かがん)(ほとり)

曈曈旭日映清漣 曈曈(とうとう)たる旭日(きょくじつ) (せい)(れん)(えい)

跳波白鷺游寒水 (なみ)(おど)らす白鷺(はくろ) (かん)(すい)(あそ)

比翼悠悠上碧天 比翼(ひよく)悠悠(ゆうゆう) 碧天(へきてん)(のぼ)

(註一) 曈曈=夜のあけわたるさま

(註二) 清漣=すんだ水の表面に立つさざ波 

(註三) 比翼=鳥などが飛ぶときに翼をならべる 

         平成二十九年一月  光琇


 

 今年の正月は天気も良く暖かかったので、早朝に近くの芥川の堤防を散策しました。芥川は、大雨の後以外はいつも清流を保っており自然が多く残っているため、淡水魚だけではなく、シラサギやカモの遊び場にもなっています。川面で餌を探しているシラサギを撮影していると、突然大空に飛び立ちました。飛び立つところを撮影したのですが、悠然とした姿をうまくカメラに収めるのはなかなか難しく、経験と根気がいりそうです。

 昨年は、イギリスの国民投票、アメリカ大統領選などが次々と予想外の結果となり、これからは今までの延長上で世界情勢が動いていかないことを予感させます。我が国においては、今まで以上に弾力的な国の運営が必要になりそうです。それはそれとして、シラサギの悠然と飛翔する姿をみていると、なんとなく今年はいい年になりそうな気がしてきました。


葛城古道

幽径連延晩景奇 幽径(ゆうけい)(れん)(えん)として 晩景(ばんけい)()なり

梯田滿地豊饒期 (てい)(でん)()()豊饒(ほうじょう)(とき)

紅花黄穂西風下 紅花(こうか)黄穂(こうすい) 西風(せいふう)(もと)

俯瞰悠然飽不知 俯瞰(ふかん)悠然(ゆうぜん) ()くを()らず

(註一) 梯田=棚田

(註二) 西風=万物を実らせるという秋風

(註三) 俯瞰=高いところから見おろすこと

          平成二十八年九月  光琇

葛城古道は、大和と河内の境界をなす金剛山と葛城山の東側の山裾にある約10kmのあぜ道のような小道です。この古道周辺の一帯は、大和朝廷よりもはるか以前に栄えた葛城王朝の故地であると言われています。古寺、神社、史跡、神話などが沿道に多く残っているロマンあふれる古道です。眼下には奈良盆地が広がり、万葉集に詠まれた大和三山も眺望できます。

9月初旬にミラーレス一眼を購入し、下旬に稲穂と曼珠沙華(彼岸花)を撮影するツアーに参加しました。そのツアーでは、同行の先生から写真の撮影方法を指導してもらい、少しだけ撮影の技術を理解できました。棚田に広がる稲穂は収穫の時期を控えて黄金色に輝き、その間を縫うように深紅の曼珠沙華が咲き誇っていました。2色のコンビネーションが素晴らしく、撮影に飽くことがありませんでした。



春雨

年が明けてから寒い日が続きましたが、2月の上旬に少し暖かくなり、またしっとりとした雨が降りました。2月の雨は植物の根に蓄えられ、やがて新緑や梅・桃などの開花を促すエネルギーとなります。今年も春が待ち遠しい季節になりました。

  雨にもかかわらず暖かさに誘われて、家族で近所に新しくできた割烹に出かけました。料理も部屋のつくりも店員のマナーも良く、また狭いながら庭の植え込みも豊富で、庭樹は雨で潤っていました。値段がリーズナブルなのも良かったです。梅の花はまだちょっと早いようでしたが、開花の準備が整っているようだったので、近いうちに再度出かけたら梅の花を見ながら食事という贅沢を味わえそうです。

 

当春好雨洗浮埃 (はる)(あた)りて 好雨(こうう)()(あい)(あら)

芳草欲萌鶯語催 (ほう)(そう)()えんと(ほっ)鴬語(おうご)(もよお)

逸興風暄林影外 逸興(いっきょう)(かぜ)(あたたか)(りん)(えい)(そと)

暗香放處夢紅梅 (あん)(こう)(はな)(ところ) 紅梅(こうばい)(ゆめ)

 (註) 逸興=俗世間を超越した優れた風流のおもむき

          平成二十八年二月 光琇



芥川清流

秋晴爽気滿空山 (あき)()れて (そう)()空山(くうざん)()

緑樹疎楓天地間 緑樹(りょくじゅ)()(ふう) (てん)()(かん)

岸参差幽谷裏 ()(がん)(しん)() 幽谷(ゆうこく)(うち)

渓聲生處水潺潺 (けい)(せい)(しょう)ずる(ところ) (みず)(せん)々たり

(註一) 空山=人気のない静かな山  

(註二) 岸=切り立った岸

(註三) 参差=並び連なるさま   

(註四) 潺潺=水のさらさらと流れるさま 

         平成二十七年十一月 光琇


 芥川は、大阪府高槻市と京都府亀岡市との境付近を源とし、高槻市を南下して同市南部で淀川に合流しています。亀岡市の生活排水は保津川で京都市側に流れるため、芥川はいつも清流を湛え、中流では鮎の放流も行われています。中流の下の口・上ノ口間の摂津峡は滝もあるハイキング・コースになっています。下の口には温泉旅館があり、またそこの摂津峡公園は桜の名所として有名で、シーズンには大勢の人たちでにぎわいます。

 11月初旬に自宅の近所にある摂津峡にふらりと出かけましたが、温暖な日が続いたせいか、まだ紅葉はまばら(疎楓)でした。しかし、岩の間には豊かな清流を湛え、魚たちも気持ちよさそうに泳いでいました。その魚を狙う鳥たちも水面を飛び交い、芥川はまさに動物たちの楽園になっていました。


琵琶湖周航跡

皛皛白汀沈碧漣 (きょう)々として (はく)(てい)(へき)(れん)(しず)

雄松綺羅思湖邊 ()(まつ)綺羅(きら) ()(へん)(おも)

寮歌一節刻碑石 (りょう)()一節(いっせつ) ()(せき)(きざ)

鏡水舟游晴快然 (きょう)(すい)(しゅう)(ゆう) ()れて(かい)(ぜん)たり

 中国語の朗詠

(註一) 皛皛=まっ白なさま

 (註二)  碧漣=青緑色のさざ波 

(註三) 雄松=湖西の雄松崎をさす 

(註四) 綺羅=美しい着物を着た人(乙女)

          平成二十四年十月  光琇

「♪われは湖の子 さすらの・・・」で始まる琶湖周航の歌は、第三高等学校(三高、現在の京都大学)の第二寮歌として歌い継がれ、加藤登紀子が歌ってからヒットしました。三高在学中の小口太郎が1917年に琵琶湖で漕艇中にこの歌詞を思い付き、翌日漕艇部の部員に紹介したのがはじまりです。当時流行していた歌の節にのせて琵琶湖周航の歌が完成し、その後、歌詞は6番まで補完されました。作曲者はよくわからなかったのですが、「ひつじぐさ」というのが原曲であるらしいということから、吉田千秋が特定されたようです。なお、小口26歳、吉田は24という若さで夭折しています。

 滋賀県では、1番から6番までの歌詞の舞台になったところに、それぞれの歌碑が設置されています。私が訪れたのは高島市近江舞子の雄松崎です。石碑に2番の歌詞「♪松は緑に砂白く 雄松が里の乙女子は 赤い椿の森蔭に はかない恋に 泣くとかや」が刻まれていました。