老漢の思いの詩

白川郷の合掌造り
白川郷の合掌造り

◇梅天思

◇憂護憲

◇閑適不覚苦熱

◇懐往時

棲遅閑適(朗詠)

古稀(朗詠)

迎新年(朗詠)

◇思辞職

◇三本矢

◇新人入来

◇新年思



梅天思ー梅天の思いー

霖雨蕭蕭灑落紅 霖雨りんう蕭蕭しょうしょうとして らっこうそそ

幽人懶出草庵中 (ゆう)(じん)()ずるに(ものう)草庵(そうあん)(うち)

回頭逝水黄粱夢 (こうべ)(めぐ)らせば (せい)(すい) 黄粱(こうりょう)(ゆめ)

莫慨菲才無寸功 (なげ)(なか)()(さい) (すん)(こう)()きを

(註一) 黄粱夢=わずかな間の夢(人生の儚さのたとえ)

(註二) 菲才=劣った才能のこと

              平成二十九年七月  光琇

 梅雨という季節は毎日しとしと雨が降り、身も心も湿りがちになります。外出するのも億劫になり家の中に閉じこもっていると、先の短い高齢者はどうしても過去のことに思いが及びます。後藤新平は、死ぬ間際に「金を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上」と言ったそうですが、私は金も事業も人も残していないので、下の下かもしれません。

 「黄粱夢」というのは以下の物語に依っています。唐代の盧生という青年が邯鄲(戦国時代の趙の都)の宿で、道士の呂翁に枕を借りたところ、それから出世して長い栄華の一生を送りました。ところが、ふと目覚めると、それは宿の主人が黄粱(こうりょう=あわ)の飯を炊いている僅かな間の夢であったというという物語です。「黄粱一飯夢」とも「邯鄲夢」ともいいます。



日本国憲法

 現憲法制定から七十年が過ぎ、国際情勢は当時と様変わりしました。我が国の防衛法制に関しては、今日の国際情勢の中でそのあり方を考えるべきだと思うのですが、現憲法を絶対条件として防衛法制を論ずる人たち(護憲論者)がいます。いろんな考え方があるのは良いのですが、憲法改正を議論することすらヒステリックに否定する人たちにはうんざりします。「カエルの楽園」のようにウシガエルに国を乗っ取られる前に、日本もそろそろ自力での防衛を考える必要があります。そうでないと、同盟国のアメリカからも見放されそうな気がします。

 この詩に関しては、(想定内ではありましたが)先生から「「政治理論については詩になじまない」ということで、添削いただけませんでした。幕末から明治にかけて、政体をテーマとする詩はあまたあるのですが・・・。

 

北岸嘩然軍拡進 北岸(ほくがん)()(ぜん)として 軍拡(ぐんかく)(すす)

南洋島嶼艦船頻 南洋(なんよう)島嶼(とうしょ)艦船(かんせん)(しきり)なり

理念雖高遐現実 ()(ねん)(たか)しと(いえど)現実(げんじつ)(とお)

可興公論莫逡巡 (おこ)すべし公論(こうろん) 逡巡(しゅんじゅん)する(なか)

(註一) 嘩然=騒々しいさま

(註二) 逡巡=ぐずぐずしてためらうこと(躊躇) 

 

平成二十九年一月  光琇



閑適不覚苦熱ー閑適苦熱を覚えずー

 今年の夏は猛暑日が続いています。せめて夕立でも降ってくれればと願っていますが、そんなささやかな願いもかないません。昔は、庭に水を撒いて夕方に外で涼みましたが、今は水を撒くとかえって蒸し暑くなるくらいです。地球温暖化が確実に進んでいるようです。

 5月に70歳になり、7月末に46年間勤めた会社を完全退職しました。退職後はゴルフ三昧を想定していましたが、この暑さの中では熱中症になってしまいます。仕方なく、クーラーの部屋でダラダラして退職生活を楽しんでいます。学生時代以来の自由な生活です。しかしそんな状態が続くと、家内に粗大ごみ扱いをされかねないので、涼しくなったら、写真撮影や写真編集を習いに行き、このHPにきれいな写真を載せたいと思っています。

旱天連日暑如 旱天(かんてん)連日(れんじつ) (しょ)(あぶ)るが(ごと)

緑樹無陰日正中 緑樹(りょくじゅ)(かげ)()()(まさ)(ちゅう)

幸是棲遅得閑適 (さいわ)いにして(これ)棲遅(せいち) 閑適(かんてき)()たり

垂簾午夢臥涼風 (すだれ)()れて午夢(ごむ) 涼風(りょうふう)()

(註一) 旱天=ひでりの天候

(註二) 棲遅=引退すること

                 平成二十八年八月 光琇



懐往時ー往時を懐うー

紅顔立志紫煙開 紅顔(こうがん) (こころざし)()てれば紫煙(しえん)(ひら)

偏索青雲雪作堆 (ひと)えに青雲(せいうん)(もと)むるも (ゆき)(たい)()

醒得人間蕉鹿夢 ()()たり 人間(じんかん) (しょう)鹿(ろく)(ゆめ)

閑懐把酒草堂隈 (かん)(かい) (さけ)()草堂(そうどう)(くま)

(註一)人間=人が住む世界、世間

(註二) 蕉鹿夢=人生は夢のようなものであるというたとえ

                    平成二十八年四月 光琇


 70歳を機に長いようで短かったサラリーマン人生を振り返ってみると、大したことはできませんでしたが、何とか第四コーナーを無事通過することができました。ある時、大学の恩師に「人とのつながりを大事にするように」言われて、それまでのチャランポランな生き方を改めたのがよかったのかもしれません。

 「青雲の志」という言葉があります。手柄を立て、立身出世しようと望む心のことです。立身出世だけが人生ではないでしょうが、若いころは、将来に対するそれなりの夢を抱いて生きていくことは大事だと思います。人生なかなか思い通りにはいかないもので、現実と妥協しなければならないことや、困難にぶつかって挫折することも多々ありますが、若い頃は夢を心の支えにして、人生を楽しんでほしいものです。


棲遅閑適

棲遅知足得天眞 棲遅(せいち) ()るを()天真(てんしん)()たり

自適悠悠隔俗塵 ()(てき)(ゆう)(ぞく)(じん)(へだ)

誰道夕陽無限好 (たれ)()夕陽(せきよう)無限(むげん)()しと

樽前迎友酌芳醇 樽前(そんぜん)(とも)(むか) 芳醇(ほうじゅん)()

 中国語で朗詠

 (註一) 棲遅=安らかに暮らす、引退する

 (註二) 天真=自然のままで飾り気のないこと

              平成二十七年七月  光琇

 晩唐の詩人李商隠の「登楽遊原」という五言絶句の転句(第三句)に「夕陽無限好(夕陽無限に好し)」とあります。長安の街を一望できる名勝地である楽遊原に登ると、「夕陽が美しく輝いて素晴らしい景色だ」という意味です。しかし、結句(第四句)は「只是近黄昏(只だ是れ黄昏に近し)」となっているので、老境の寂寥感が裏にこめらているのでしょう。

 一線を退くと時間ができるので、だんだんと同窓会(飲み会)の回数が増えてきます。以前は5年に1回だった大学の同窓会は、年1回になり最近では毎月です。しかも午後5時の開始なので、帰りにはこれから飲みに行く人たちと行き違います。会社のOB会も年々人数が増えて賑やかになってきました。黄昏の近いことはさておき、素晴らしい夕陽をしばらく楽しみたいものです。



古 稀

 5月の誕生日に孫から「おじいちゃん、古稀おめでとう」という電話がありました。まだ69歳だったので古稀は来年と思っていたのですが、数え年70歳のお祝いなのですね。小学生になったばかりの孫にそんなことを教えられるのも情けない話ですが、それはともかくとして、その日は家族集まって夕食会となりました。

 古稀という言葉は、盛唐の詩人杜甫の「曲江」という七言律詩の第四句「人生七十古来稀(人生七十古来稀(まれ)なり)」に由来しています。この詩では、「70歳まで生きることはないのだから、今のうちに借金をしてでもお酒を飲んで人生を謳歌しよう」と言っているのです。盛唐の時代には、70歳まで生きる人はめったにいなかったのでしょう、杜甫も770年に59歳で病没しています。ところが今は平均寿命が延びたため、古稀になってもあと10年残っています。はたして楽しい余生(残燭)が待っているのでしょうか。

 

人生七十夢中過 人生(じんせい)七十(しちじゅう) 夢中(むちゅう)()

囘首江湖哀楽多 (こうべ)(めぐ)らせば 江湖(こうこ)哀楽(あいらく)(おお)

壯志難成身易老 (そう)()()(がた)()()(やす)

不知残燭興如何 ()らず 残燭(ざんしょく)きょう如何いかん

 中国語で朗詠

()

 (註一) 江湖=世間、世の中

 (註二) 壮志=望みの大きい志

                平成二十七年六月  光琇



迎新年ー新年を迎うー

 今年は正月早々結構雪が降って積もりました。遊びに来ていた孫は、喜んで庭で雪遊びをしていましたが、大人たちはストーブにかじりついたままです。庭の山茶花(サザンカ)は赤い花を咲かせ、白い雪とのコントラストを際立たせました。山茶花は花の少ない冬に咲くので値打ちがあります。蛇足ですが、花が丸ごと落ちるのが椿、花びらが個々に落ちるのが山茶花だそうです。

 新年になると、「今年はあれもやってみよう、これもやってみよう」と思いますが、途中でくじけてしまうことが多く、なかなか達成できません。いつも達成できないので、「やってみようと思うことが大事なのだ」と思って自分を納得させています。しかし、年ごとに1年が過ぎるスピードに加速度がついてきているので、できそうな目標を決めて着実に達成していくようにしていかないと、「気が付いたら一生が終わっていた」ということになりかねません。

寒気朔風揮玉塵 寒気(かんき)朔風(さくふう) (ぎょく)(じん)(ふる)

山茶花發此迎新 山茶花(さざんか)()きて (ここ)(しん)(むか)

年年歳歳光陰早 (ねん)(さい)光陰(こういん)(はや)

依旧多心未転身 (きゅう)()りて多心(たしん) (いま)()(てん)ぜず

 中国語で朗詠

(註一) 朔風=北風 

(註二) 玉塵=雪のこと 

(註三) 多心=気が多い

 平成二十七年一月  光琇 



思辞職ー職辞するを思うー

四十餘年役此身 四十(しじゅう)()(ねん) ()()(えき)

不嫌労苦對風塵 労苦(ろうく)(いと)わず 風塵(ふうじん)(たい)

青雲路遠棲遅季 青雲(せいうん)(みち)(とお)棲遅(せいち)(とき)

往時茫茫心事新 往時(おうじ)(ぼう)心事(しんじ)(あら)たなり

(註) 棲遅=のんびり休む、安らかに暮らす、引退する

    平成二十六年四月  光琇


 第一線を退く時の心境です。大学卒業以来40年以上ひとつの会社でお世話になり、最後は経営に参画する機会にも恵まれました。以前、あるビジネス誌に「企業の寿命は30年」という特集があったのを記憶しています。浮沈の激しい業界にあって、私の入社以前の期間も含めると、この寿命を上回る70年間会社が存続してきました。諸先輩や現役社員の並々ならぬ頑張りが会社を支えてきたということです。

私自身は、会社という舞台を与えられたにもかかわらず、何を達成できたのかよくわからないまま第一線を退くことになりました。しかし後輩たちにあっては、この舞台で大いに自己実現にチャレンジしてもらいたいと思います。

 引退となると、昔のことが次から次へと脳裏をよぎりますが、「過去を肥やしとして前進あるのみ」と思わないと老け込んでしまいます。


三本矢

 私の詩稿に対していつも丁寧に添削してくださる先生が、この詩に対しては全く赤のないまま返されました。「経済は詩にしてはいけない。経済政策は何年か後に評価がくだされるため、経済に関する詩は現時点では評価できない。」ということでした。「政治も同様だが、政治を暗に批判した詩はあるではないか。」と心の中で思ったのですが、そんな論争はしませんでした。

 「三本の矢」は、毛利元就が3人の息子を諭した時の故事をその起源にしていますが、今では、アベノミクスで知られています。第一の矢である「大胆な金融政策」と第二の矢である「機動的な財政政策」は安倍政権発足後すぐに実行されて、その効果を肌で感じられるようになりました。しかし、持続的に成長していくためには、第三の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」を軌道に乗せる必要があり、そこが難航しています。

 

政策烝烝三矢功 政策(せいさく)(じょう)々たり 三矢(さんし)(こう)

幾何企業覚興隆 (いく)(ばく)企業(きぎょう) 興隆(こうりゅう)(おぼ)

臨機可進瑞光好 ()(のぞ)みて(すす)むべし 瑞光(ずいこう)()

欲獲慶雲心更雄 (けい)(うん)(とら)えんと(ほっ)(こころ)(さら)(ゆう)なり

(註一) 烝々=良い方にどんどん進むさま

(註二) 瑞光=めでたいことの前兆である光

                平成二十五年五月 光琇



新人入来ー新人入り来るー

春色満窓花影鮮 (しゅん)(しょく)満窓(まんそう) ()(えい)(あざ)やかなり

紅顔粛粛一心堅 (こう)(がん)(しゅく)々として (いっ)(しん)(かた)

時時可耐江湖路 ()()ゆべし (こう)()(みち)

切磋琢磨窮絶巓 (せっ)()(たく)()(ぜっ)(てん)(きわ)めよ

(註一) 江湖=世間、世の中 

(註二) 絶巓=山などのいただき 

平成二十五年四月  光琇

 例年4月の桜の季節になると、大学を出たての新人たちが入社します。会社としては、一人前の社会人、技術者に育ってもらうために、集中的・継続的にトレーニングをします。

 小学校から大学までの教育課程では、知識教育が中心で試験でも知識を覚えているかどうかを問う問題が中心です。また問題には必ず1つの正解があり、正解と不正解がはっきりしています。入試問題で正解が2つあったような場合には、ニュースで大きく報じられるぐらいです。これに対して、一般社会では知識を駆使して問題を解決する能力が問われます。正解がない場合もあるし、正解がいくつかあり、それらを総合的に評価して一つを選択する、という場合もあります。今までのようにマニュアルはありません。新人には、そんな学校とは全く異なる世界に早く溶け込んで活躍してもらいたいと思います。



新年思ー新年に思うー

 また新しい年がやってきました。歳をとると、「昔はよかった」とか「あの時こうしておけばよかった」というように、過去を振り返ることが多くなります。しかし、すんだことはどうしようもありません。カラ元気と言われようとも、前を向いて生きたいものです。

 実は、私のオリジナルでは転句(第三句)を「未消胸裏凌雲志(未だ消えず胸裏なる凌雲の志)」としていました。これに対して先生は、これでもいいが、「『身雖老漢思千里』でどうか」と言われました。これは、三国志の英雄である魏の曹操による「歩出夏門行」という古詩にある「老驥伏礰、志在千里(老驥は礰に伏すも、志は千里に在り)」を典故としています。何回か読み比べているうちに、「思千里」のほうが元気が出るので、そちらをいただくことにしました。

 

東天元旦曙光催 (とう)(てん)(がん)(たん)(しょ)(こう)(もよお)

草屋閑庭春亦回 (そう)(おく)(かん)(てい)(はる)(また)(めぐ)

身雖老漢思千里 ()老漢(ろうかん)(いえど)千里(せんり)(おも)

気魄揚揚傾玉杯 気魄(きはく)(よう)(ぎょく)(はい)(かたむ)く 

(註) 草屋=草ぶきの家(自分の家を謙遜していう) 

            平成二十五年一月  光琇