社会情勢の詩

神戸のルミナリエ
神戸のルミナリエ

◇大阪北部地震

◇北陸豪雪

◇總選挙

◇日本国憲法

◇阪神震災二十年

◇高台移転

◇三本矢

嵐山花灯路

◇東北傷深



大阪北部地震

梅霖北摂日昇時 梅霖(ばいりん)北摂(ほくせつ) ()(のぼ)るの(とき)

激震縦横山野馳 激震(げきしん)縦横(じゅうおう) 山野(さんや)()

地裂崖崩家倒壊 ()()(がけ)(くず)(いえ)(とう)(かい)

突如災禍可怨誰 突如(とつじょ)災禍(さいか) (だれ)(うら)むべけんや

(註) 梅霖=梅雨の長雨

          平成三十年七月  光琇


 大阪北部地震2018618日の朝に起こりました。知人運転の車で移動中に、ガタン・ガタンと揺れたので、石でも踏んだのかと思った直後に携帯に発災の知らせが入りました。山道だったので、一歩間違えば谷底に転落していたかもしれません。地震の規模はM6.1で、震源の深さは15km、高槻市・茨木市などで最大震度6弱を観測しました。

 1995年の阪神淡路大震災の時の高槻の揺れもひどかったですが、今回はそれを上回るものでした。4月に瓦の軽量化を含む家の耐震補強工事をしたところだったので、我が家は事なきを得ましたが、被害は広域に及んでいます。また、不幸な事故もあり胸が痛みます。


北陸豪雪

酷寒北国朔風穿 酷寒(こっかん)北国(ほっこく) (さく)(ふう)穿(うが)

晩景皚皚雪滿天 晩景(ばんけい)皚皚(がいがい) (ゆき) (てん)()

禽鳥無聲人影滅 (きん)(ちょう)(こえ)()人影(じんえい)(めっ)

青燈一穂野橋妍 (せい)(とう)一穂(いっすい) ()(きょう)(けん)たり

(註) 皚皚=明るく白いさま

           平成三十年三月  光琇

 

 大阪から白川郷・富山へのバスツアーのルートは、名神高速道路の一宮Jctから東海北陸自動車道に入る予定でしたが、同自動車道が雪のため通行不能になり、急遽北陸自動車道経由になりました。目的地の富山県はもちろんのこと、途中の滋賀県、福井県、石川県も大雪でした。JRのサンダーバードは運休でしたが、高速道路は何とか通行可能でした。

 今年は、地球温暖化が信じられないぐらい北陸で雪がよく降りました。昼食のすし屋では、こんな雪は久しぶりということで、地元の人もびっくりです。夜はほとんど人影がなくなり、町はゴーストタウンのようでした。



總選挙

安倍首相が国会を解散し、1022日に総選挙が行われました。この日は台風襲来の予報が出ていたことと、高校の学年同窓会があったことから、初めて期日前投票をしました。同窓会では2次会への参加を誘われたのですが、2次会のために借り切っていた会場がかなり混んでいたので辞退しました。帰路、バスを降りると傘を差せないぐらいの風雨に襲われ、2次会参加者が帰宅できたかどうか心配になりました。

マスメディアと野党が一体となって、問題でないことを問題に仕立て上げ、安倍おろしを画策しましたが、結果は自民党の大勝となりました。以前ならマスメディアが世論を誘導し、選挙結果に影響を及ぼしました。しかし、今はネット情報でファクトがすぐにわかるため、テレビのワイドショーと偏向新聞のみを情報源としている高齢者にしか、世論誘導をできないようになりました。

解散風凄十月天 解散(かいさん)(かぜ)(すさま)十月(じゅうがつ)(てん)

街頭遊説轉騒然 街頭(がいとう)遊説(ゆうぜい) (うた)(そう)(ぜん)

東奔西走無停歩 東奔(とうほん)西走(せいそう) ()(とど)むる()

不識誰能醉祝筵 ()らず ()れか()(しゅく)(えん)()わん

(註) 祝筵=お祝いの席

                       平成二十九年十月  光琇



日本国憲法

北岸嘩然軍拡進 北岸(ほくがん)()(ぜん)として 軍拡(ぐんかく)(すす)

南洋島嶼艦船頻 南洋(なんよう)島嶼(とうしょ)艦船(かんせん)(しきり)なり

理念雖高遐現実 ()(ねん)(たか)しと(いえど)現実(げんじつ)(とお)

可興公論莫逡巡 (おこ)すべし公論(こうろん) 逡巡(しゅんじゅん)する(なか)

(註一) 嘩然=騒々しいさま

(註二) 逡巡=ぐずぐずしてためらうこと(躊躇) 

             平成二十九年一月  光琇


 現憲法制定から七十年が過ぎ、国際情勢は当時と様変わりしました。我が国の防衛法制に関しては、今日の国際情勢の中でそのあり方を考えるべきだと思うのですが、現憲法を絶対条件として防衛法制を論ずる人たち(護憲論者)がいます。いろんな考え方があるのは良いのですが、憲法改正を議論することすらヒステリックに否定する人たちにはうんざりします。「カエルの楽園」のようにウシガエルに国を乗っ取られる前に、日本もそろそろ自力での防衛を考える必要があります。そうでないと、同盟国のアメリカからも見放されそうな気がします。

 この詩に関しては、(想定内ではありましたが)先生から「「政治理論については詩になじまない」ということで、添削いただけませんでした。幕末から明治にかけて、政体をテーマとする詩はあまたあるのですが・・・。


阪神震災二十年

裂地激震年月移 ()()激震(げきしん) 年月(ねんげつ)(うつ)

復興艱難少人知 復興(ふっこう)艱難(かんなん) (ひと)()ること(まれ)なり

欲懐往時巷間立 往時(おうじ)(おも)わんと(ほっ)巷間(こうかん)()てば

今日無痕多所思 今日(こんにち)(あと)()所思(しょし)のみ(おお)

(註一) 艱難=なんぎ

(註二)  巷間=町の中、市中

             平成二十七年八月  光琇

 


 平成7年1月17日の早朝、阪神・淡路地域を大変な地震が襲ったことを知りました。阪神高速道路の倒壊と火災の状況は衝撃的でした。当日は電車が止まっていたので自宅で待機しましたが、翌日から出社し支援物資の搬送などを行いました。

 週末に西宮市役所に行って驚きました。仮庁舎のひどい職場環境の中で、すでに顔見知りの職員が復旧の仕事をしていたのです。自宅が倒壊しているのに公務を優先しているのです。月末に北回りで鉄道を乗り継いで兵庫県庁に行くと、そこでも同じような状況でした。私も微力ながら県・市の復旧・復興業務に関与しましたが、地元行政の不眠不休の尽力は大変なものでした。街中に立つと、今は何事もなかったかのようですが、当時のことがあれこれ頭をよぎります。



高台移転

 東日本大震災の発生からもうすぐ4年です。被災地では、復旧・復興事業の一環として、移転のための高台整備が進められています。高台居住は津波に対して安全・安心ですが、合意形成と造成のために時間がかかります。時間がかかり過ぎると、住民が移転先に定着してしまうため、事業は急ピッチで進められています。

 水産関係者は海岸近くに居住することになるため防潮堤も必要ですが、海が見えないほど高い堤防は閉塞感があります。そのため、まずは低い防潮堤で津波を防ぎ、越波した場合は海岸線と並行した高速道路の盛り土で防ぎ、時間を稼いでいる間に避難するというように、多段階の対策による「減災」という概念が重要です。

苛殃國破礫成堆 苛殃(かえい)(くに)(やぶ)(れき) (たい)()

四散窮民安在哉 四散(しさん)窮民(きゅうみん) (いずく)()りや

郷里待君何日返 郷里(きょうり)(きみ)(いず)れの()にか(かえ)るを()たん

丞丞再建向高臺 (じょう)々たり再建(さいけん) 高台(たかだい)()かう

  (註一) 苛殃=ひどい災難

(註二) 丞々=進みはかどるさま

    平成二十七年二月  光琇



三本矢

政策烝烝三矢功 政策(せいさく)(じょう)々たり 三矢(さんし)(こう)

幾何企業覚興隆 (いく)(ばく)企業(きぎょう) 興隆(こうりゅう)(おぼ)

臨機可進瑞光好 ()(のぞ)みて(すす)むべし 瑞光(ずいこう)()

欲獲慶雲心更雄 (けい)(うん)(とら)えんと(ほっ)(こころ)(さら)(ゆう)なり

(註一) 烝々=良い方にどんどん進むさま

(註二) 瑞光=めでたいことの前兆である光

   平成二十五年五月


私の詩稿に対していつも丁寧に添削してくださる先生が、この詩に対しては全く赤のないまま返されました。「経済は詩にしてはいけない。経済政策は何年か後に評価がくだされるため、経済に関する詩は現時点では評価できない。」ということでした。「政治も同様だが、政治を暗に批判した詩はあるではないか。」と心の中で思ったのですが、そんな論争はしませんでした。

 「三本の矢」は、毛利元就が3人の息子を諭した時の故事をその起源にしていますが、今では、アベノミクスで知られています。第一の矢である「大胆な金融政策」と第二の矢である「機動的な財政政策」は安倍政権発足後すぐに実行されて、その効果を肌で感じられるようになりました。しかし、持続的に成長していくためには、第三の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」を軌道に乗せる必要があり、そこが難航しています。


嵐山花灯路

嵐山豪雨已痕消 嵐山(らんざん)豪雨(ごうう) (すで)(あと)()

燈影幽玄渡月橋 灯影(とうえい)幽玄(ゆうげん)なり ()(げつ)(きょう)

江水紅粧遙夜興 (こう)(すい)紅粧(こうしょう)(よう)()(きょう)

落楓竹葉得風飄 (らく)(ふう) 竹葉(ちくよう) (かぜ)()(ひるがえ)

 中国語で朗詠

        平成二十五年十二月  光琇

 京都の嵐山花灯路は、京都・花灯路推進協議会の主催で、2005年から毎年12月の中旬に、京都の嵯峨・嵐山地区周辺で行われる観光イベントです。2500基の行灯による花の路やいけばな、渡月橋のライトアップなどが繰り広げられ、今ではすっかり京都の冬の夜の風物詩になりました。

20139月に、台風18号の襲来により桂川が氾濫しました。その復旧工事は急ピッチで進み、何とかこの年も花灯路を開催することが出来ました。1214日から23日までの10日間の開催で、私は最終日に行きました。夜の寒さにもかかわらず人がいっぱいで、数々の演出に皆さん酔いしれている様子でした。特にライトアップされた渡月橋(写真)は幻想的な雰囲気を醸し出し、復旧を象徴しているように思えました。



東北傷深

 阪神淡路大震災の時は、大阪の会社から近いこともあってすぐに現場に駆けつけることができたのですが、東日本大震災の時はなかなか現場に行くことができず、やっと7月に石巻市と女川町に行くことが出来ました。その時に見た傷跡は衝撃的でした。年末には東北支社を開設して社員を送り込み、復旧・復興に当たることにしました。

 結句(第4句)の「衆志成城」というのは、毛沢東がよく唱えた四字熟語で、四川地震からの復旧・復興の合言葉にもなりました。初出は春秋時代の「国語」であるといわれています。

 この漢詩を翌年の年賀状に入れたところ、中学の時の女性の恩師から、「出版予定のエッセー集に入れたい」という突然の電話があり、何か月か後に、水彩画入りの美しい本が送られてきました。お礼にお伺いしたいとの電話をしたのですが、そのすぐ後に先生は残念ながら亡くなられ、結局お会いすることができませんでした。

雲影風来臨海低 (うん)(えい)風来(ふうらい) (うみ)(のぞ)みて()

波平鷗舞爪痕凄 波平(なみたい)らかにして(かもめ)()うも 爪痕(そうこん)(すさ)まじ

仰天憂憤無情理 (てん)(あお)ぎて憂憤(ゆうふん)情理(じょうり)()きを

衆志成城再築堤 (しゅう)()(せい)(じょう) (ふたた)(つつみ)(きず)かん

(註)衆志成城=一致団結すればどんな困難も克服できるという

               たとえ(中国春秋時代の歴史書「国語」より)

 

                  平成二十三年八月  光琇